down beat Talkダウンビート語らいの場

"いつの頃からか、人々はその女性をメリーさんと呼ぶようになった。横浜の一部だったのだ。映画がヒットしたのは、そんな無くなってしまった「横浜」の風景を目にしたかった人がたくさんいたということだと思う。"

第3回は、渋谷毅+華乃家ケイ ライブ直前!おさむさんのコラムを紹介します。

Blues for her

第3回 by おさむ

 店頭に並んだDVDを手に取り、レジスターへと向かう。そのDVDは、大阪梅田の紀伊国屋店内にあるDVDのコーナーの新作のところに置いてあった。すでに劇場で観たことがあった映画だったけれど、横浜のことが懐かしく、そしてその映画をもう一度見たくなり、購入した。

その映画を観たのは、横浜伊勢佐木町2丁目にあるニューテアトルでのことだった。地元ということもあり、映画館の外で、しかも、伊勢佐木モールでたくさんの人が列をつくっていた。映画館始まって以来のことだったはずだ。予定されていた上映期間がどんどん延長されていった。映画は、1週間のお客さんの入り方で、その後の上映日数が決められたりするということを聞いたことがある。誰もその映画が、それほどヒットするとは考えていなかったと思う。

その映画は、ドキュメンタリー映画『ヨコハマメリー』というタイトルの映画だった。その映画が公開されたのは、2006年のことだったと思う。当時30歳だった中村監督が、5年の時間をかけて2005年に完成させた映画だ。 1995年の冬までの数十年間、顔を真っ白く塗った元娼婦のメリーさんは、伊勢佐木町周辺に実際に「住んで」いた。戦後50年間、娼婦として生きてきた女性だ。

いつの頃からか、人々はその女性をメリーさんと呼ぶようになった。 僕が横浜の神奈川区に住み始めたのが、1985年からのことだ。前の会社に勤務していた時に、仕事が終わって、山下公園のディスコ「サーカス」へと出かけていたことがよくあった。仕事場は渋谷だったので、東横線に乗って桜木町まで行き、JRで石川町まで行き、元町商店街を海側へと進み、中華街へと折れ、山下公園方面へと向かった。いつも仕事が休みになる前日のことだった。「サーカス」を出て、いつも中華街のバーへと入り、ビールで水分を補給して、バーのカウンターでレーザーディスクの映像を見ながら始発を待ったり、終電に間に合いそうな時には関内へと夜の街を歩いて帰った。そんな時、伊勢佐木町あたりで、メリーさん自身を見かけることがあった。真っ白く顔を塗って、白いドレスを着たその姿は、日常的に目にするには、少し異様で、少しこわかった。しかし、その姿は、朝がまだまだ先の夜の関内あたりの風景には自然と溶け込んでいた。
ずっと横浜で生まれ育った女性に聞いてみたら、メリーさんのことはよく知っていた。高校生の頃、よく見かけたと言っていた。メリーさんが横浜にいた間、横浜に住んでいた人で、関内や伊勢佐木町周辺をよく行き来していた人は、必ずメリーさんのことを目撃している。横浜の一部だったのだ。映画がヒットしたのは、そんな無くなってしまった「横浜」の風景を目にしたかった人がたくさんいたということだと思う。

横浜というと大抵の人は、山下公園から山手の外人墓地辺りや元町商店街をイメージするのだろう。勿論、中華街や桜木町のランドマークタワー辺りもそうだと思う。しかし、それらとは色が異なる横浜も多種多様にある。桜木町の野毛辺りもそうだし、日の出町や黄金町や伊勢佐木町辺りも異なる色のひとつだと思う。
横浜球場を西に向かった所にある寿町もそうだ。メリーさんを目撃するには、大方のイメージの横浜ばかりにいたのでは不可能だった。

映画は、メリーさんという人物の描写だけではなく、そこには、「メジャー」ではない、それでいて、僕にとって「しっくりとくる」懐かしい風景がたくさんあった。とても懐かしかった。 この映画で、話の中に「根岸屋」が出てくる。野毛の「史」のマスターも「高校生の時によく出入りしてたんだよね、閉店して火事で焼けちゃったけどね」と言っていた。 黒澤 明監督の『天国と地獄』に出てくるバーは、「根岸屋」が舞台になった。

メリーさんは、2005年に80数歳で他界した。そして、陰ながらメリーさんを経済的に援助していたシャンソン歌手の永登元次郎さんも、2004年3月に亡くなった。 『ヨコハマメリー』の監督の中村 高寛さんは、リ・イン監督の2003年の作品『味』の助監督を務めていたらしい。リ・イン監督、『靖国 YASUKUNI』の監督だ。

Blues for her ブルースはきっと終わらない
そのリフレインを何度もなぞりながら
それでも僕たちは ブルースを欲する
その苦味と滑稽さが混じったカクテルを
苦味を感じながら笑っている
その哀しみを強さと
それでいて そこに横たわる弱さを
愛おしいと 思うからだ

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(2008年5月5日 寄稿 )


illustration:迫田 隆幸